あれから17年
本当に何も出来ない事が全ての人にとって心苦しい事だったと思います。
私も自分の子供は欲しいときにミルクが飲める、またミルクを飲ませても残すときもある、自分の状況とは違う状況の中で耐えながらの育児をしているお母さんやお腹が空いているのに飲むミルクがないなどという赤ちゃんが同じ日本という中で過ごしているのかと思うと、暖かな部屋の中で何もなかったかのように過ごし、ミルクを飲み残す我が子が、なんだか申し訳ない気分にもなりました。
そんな気持ちで育児をしていた日から17年、阪神淡路大震災のニュースを毎年見るたびに当時の思いがよみがえって来ます。その場には居合わせなくても、私と同じように子供を持つ母親や父親やその家族が自分たちのように心配して過ごした日々、そんな中を育った子供たちも我が家の子供と同じ17歳。忘れられない事もあるかもしれませんが、頑張ってほしいなと思うばかりなのです。